2019年9月12日

スメルサーのジンメル記念講義1995から

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現在の私が考えていることの明確なスタートラインはスメルサーのジンメル記念講義である。それに関するメモ。

Smelser, Neil J., 1997, Problematics of Sociology: The Georg Simmel Lectures, 1995, Berkeley: University of California Press.



投稿者 野村一夫 日時 2008年8月19日 (火) 12:32 01社会学の領域 | 個別ページ

2008年8月17日 (日)

スメルサーのジンメル記念講義1995から



 Smelser(1997)の論点をいくつか拾っておこう。

 まず、彼は社会学のレベルを四つに分けている。ミクロ社会学(人と人との相互作用の分析を含む)、メゾ社会学(中間あるいは媒介的レベルで、公式集団、組織、社会運動、制度のいくつかの局面のような構造的だが下位社会的な現象)、マクロ社会学(社会的レベル)、グローバル社会学(多元的社会的レベル)である。かれは、この区別はあくまでも便宜的な区別と考えていて、社会的現実がこの四種類に分別できると考える物象化に陥らないようにと注意している(2)。

 社会学はたんなる社会科学ではない。社会学の知的アイデンティティには三つの伝統・志向性がある。科学的志向性、人文学的志向性、アート的志向性である(3)。

 ミクロ社会学の問題点は、いかにして他者の心を知り得るかである。デュルケムとウェーバーの場合を代表例として挙げたのちに、功利主義から現象学的解決まで、さまざまな「解決」が試みられてきたとする。

 次の問題は行為者の属性である。功利主義的な古典的経済学の採用するような行為者は、安定していて、大人で、情報をよく熟知していて、融通の利かない行為者である。このような仮定は特殊な状況下においてのみ有効であって、社会学では採用できない。もっと弛緩した状況を想定すべきである。

 ミクロ社会学の第三の問題は、人間生活の非合理性である。この点については、ニーチェ以来の伝統があるが、社会学にとって今なお影響力を持っているのがジンメルである。社会学的類型化に認知・意味・感情を組み入れることが必要である。

 ミクロレベルにおける超個人的構築物の例として「信頼」がある(22)。信頼は、心理学的な現象であると同時に、間主観的でもある。そして社会学的である。つまり、それは制度化されている。

 つぎにメゾ社会学の問題であるが、1990年頃にアメリカではMESOという社会学者グループができているという。では、メゾとは何かというと曖昧で、トクヴィルのいうアソシエーションやコーンハウザーのいう仲介者やコミュニティ生活、ボランタリー・アソシエーション、貿易組合、政党、市民社会(市民運動?)を含む。しかし官僚制組織こそがメゾレベルの典型である。それは相互作用する個人と大きな社会構造の間に存在する。メゾレベルがどのように個人とリンクするかというと、たとえば「社会的に構造化された動機づけ」である。パーソンズの「一般化されたメディア」つまり貨幣・権力・影響力・価値関与もそうである。

 このあとスメルサーはメゾレベルとして集団・公式組織・社会運動・制度の四つについて問題点を指摘しているが、気になるのは制度である。制度はマクロレベルではないのか。スメルサーは、たしかに制度はメゾレベルの限界地点にあり、マクロレベルの社会構造のコアであるという。しかし、制度とは、役割・規範的システム・合法化する価値の複合体であり、それらは制度化過程を通して永続性を獲得する一連の機能的に定義された活動を構成するのである(46)。ポイントは、制度が「想像されたもの」(imaginedness)である点である。

 マクロ社会学は国民社会を対象とする。そもそも社会科学はどれも国民国家を対象としてきた。それは政治学も経済学も社会学も人類学も同様である。この強力かつ閉鎖的な国民社会の概念は、たんに社会理論家たちの産物ではあるだけでなく、近代国民社会の組織化されたプロジェクトの産物でもある。

 スメルサーはマクロ社会学の争点として四点論じている。構造的分化、多様性、階層、社会統合の四つである。

 さらにスメルサーは、グローバル社会学をマクロ社会学の次に設定した。私としては、「全体社会」として従来語られながら事実上「国民社会」を指していたことを含めて社会学地図を書き換える必要を感じていただけに、この提案はとてもすっきりした。

 グローバル社会学と言ってもまったく新しいものではなく、グローバルを志向した社会学の伝統はある。マルクスとレーニンがそうであったし、その伝統を継ぐウォーラーステインの世界システム理論がそうである。マリノフスキーや近代化論ではベンディクス、そしてウェーバーもそうだった。

 スメルサーは現在進行中の世界的革命として四点を指摘している。第一に止まらない経済成長、第二に継続する民主化、第三に連帯とアイデンティティの革命。これは統合的なものである。第四に環境革命。これらはしばしば矛盾して問題を生じさせる。

 では、国際化を進めるメカニズムは何か。テーマだけでも書いておこう。第一に特殊化・分化・相互依存の進展。第二に社会問題の国際化。第三に国際的階層の動態。第四に文化のグローバリゼーション。第五に国際コミュニティの発達。

 最後に方法論的なメッセージが提示されるが、その前提は、国民国家は結局19世紀的な理念型であったということである。そこでは、富と権力と影響力と文化と社会的連帯が幸福な融合をなしえていたのである。そこから離れようとすると、社会科学としても社会比較分析としても考えるべき点が出てくる。



投稿者 野村一夫 日時 2008年8月17日 (日) 12:38 01社会学の領域 | 個別ページ

2008年8月16日 (土)

スメルサーのジンメル記念講義1995



 社会学を四つのレベルに分けるというアイデアはニール・J・スメルサーのものである。1995年にフンボルト大学で行われたジンメル記念講義が『社会学の諸問題』というタイトルで本になっている(Smelser 1997)。100ページほどの小さな本だが、このような総論は貴重である。今回は何かとスメルサーの編集したハンドブックや百科事典にお世話になっていて、この人の学識の広さに驚かされてきたが、中でもこの本が一番ヒントになった。大物でないと、なかなか書ける内容ではないので、翻訳がでるといいと思う。

http://www.ucpress.edu/book.php?isbn=9780520206755



UCPRESS.EDU

Problematics of Sociology

These skillfully written essays are based on the Georg Simmel Lectures delivered by Neil J. Smelser at Humboldt University in Berlin in the spring of 1995. A distillation of Smelser's reflections after nearly four decades…



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